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暇つぶしになる記事があればこれ幸い。

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子供の声は騒音か?→そんなワケあるか(゚Д゚)oゴルァ!!

雑記 子育て ライフ

小窓です。

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最近ニュースで取り上げられる、子どもの声は騒音なので子どもはあっち行け問題。
これについて、子育て・勝手に言いたい評論家の小窓がビシッと言わせていただきますよ。


以前、住宅地への幼稚園建設に地元民の反対の声が集まった問題について、杉村太蔵が以下のような持論を展開しました。

タレントで医師の西川史子は「税金が投入される以上、みんなの同意を得るべきだと思うし、もし自分の家の近くにできると考えたら、みなさんの反対の声はわからないではない」と住民の考えに一定の理解を示す。一方、杉村は「実際に子育てをする立場からすると、こんなに悲しいニュースはない。子供が元気よく遊んでる声が騒音扱いされる国なんてどんな国だと」とこれに反対。


子供の声は周波数の観点からも、不快に感じやすいらしい。
元々住んでいた場所にいきなり保育園ができたら、静かに暮らしたい住民は文句の1つも言いたくなる…そういうことなんですね。

だけど、これって子どもの声はたばこの煙と一緒くらいに考えてる気がする。
騒音は一種の公害なんだから、子どもは一定のところに閉じ込めてこっちに害を及ぼすな、と真剣に思ってるんだろうな。

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保育園建設の是非については様々なケースがあると思うので発言を控えますが、「子どもの声はうるさいから何とかして」と言う人たちに対しては、ちょっと思うことがある。


何ていうか、ものすごく自信家と言うか傲慢じゃないですか?

なんなんだろうな、まるで「自分たちは世間に1度も迷惑かけたことのない立派な社会人である」と信じて疑わない態度は。
全く自覚が無いかもしれませんが、そうでも思ってなかったらこんなこと言えないでしょ。自分だけは特権階級だとでも思ってるのかしら。

今がどうかは知らないけど、自分も昔は子どもで先代に散々迷惑をかけて大きくなったと言うことを忘れてないですか?
自分たちだって騒音のカタマリだったのに、なぜ自分の番になったら我慢できません、生活に支障が出ます、と堂々と言えるのかがマジでわからん。

自分で自分のこと公害だったと認めてるんですよ?
文句言うなら「元・公害です」ってバッジでもつけろ。

そうは言っても子供の声がうるさいのは事実だし、「子どもは国の宝だ」なんて所詮きれいごとに過ぎない、と言う意見もあるでしょう。
じゃあ私からビシッと言わせていただきますよ。

 

先日の記事でも少し触れたのですが、熊本県や大分県の被災地で、被災した子どもたちが地域のボランティアとして活躍しているニュースを知っていますか?

食事の配給の手伝いや、体の動かせないおじいさんおばあさんのために食事を運んだり、トイレの介助を行ったり…、率先して自分にできることをやっていると言う報道がありました。
私はそれを見て、ずっと心の中にモヤモヤしていたこの問題が一気に解決したんです。

子どもは社会が育てていかなくてはいけない。
なぜなら、子どもは社会を支えてくれる大事な存在だから。

たばこの煙は将来何もしてくれないけど、子どもは国の力になる。
社会の助けになる。
公害なんてとんでもない。
子どもは将来自分を助けてくれる大人になる。

それでも子供を騒音とするなら、一切関わるなっちゅー話ですわ。
例えば災害があって、地域で助け合いが生じた時も18歳以下には助けは求めないと言う証明書を書いて欲しい。

もっと言えば、自衛隊にも救助隊にも誰にも助けを求めるなと言いたい。
助けてくれる誰かはみんな昔は子供だったんだ。
うるさい子供が大きくなって、今誰かを助けてくれている。

それを都合のいい時だけ助けを求めて、うるさい時は「あっち行け」なんて、ものすごく身勝手じゃん。
文句言う人はバカなの?

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身近に小さな子どもがいない人たちにだって子育ての機会がある。
それは地域の子どもたちの成長を見守ること。

子どもは親だけで育てるものではない。
学校や社会でたくさんの大人たちが育てるものなんです。

あなたではない誰かが育ててくれた子どもたちが、今の社会を支えてくれている。だから、あなたも社会で生活できている、と言うことを忘れないでほしい。

そんな当たり前のことをわざわざ言わなきゃわかんないとか本当何なの?バカなの?死ぬの?
杉村太蔵の言ってることは、至極真っ当ですよ。綺麗事でも何でもない。

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もちろん、そうじゃない子どもも多い。
子どもをちゃんと育てられないバカ親も大勢います。

だけどだからと言って、イコール子どもは全部うるさい、全部騒音、とまとめてしまうのは暴論じゃないでしょうか。
ほとんどの子はとても良い子で、社会のルールを守ろうと必死に成長しています。騒音と呼ばれる元気な声は成長の一環であり、大事な過渡期なんです。

そりゃ正直、私だって「うるせーな」と思うことはありますよ。
レストランの中、電車の中、スーパーの中で、ビックリするくらい大声ではしゃいでる子どもを「うふ、可愛いわね」とは思いませんよ。
親、黙らせろよ、と思う。

だけど、それは親に対してイラっとするだけであって子供に対しては何も思わない。だってそういうもんじゃん。子どもはうるさいものじゃん。

自分も散々周りに「うるさい」と思わせたガキだったことを忘れてはなりません。
過去の自分は無かったことにして、今の自分が不快に思うってだけで「子供は騒音」と言い切ってしまうのはどうかと思う。

 

ただし、その代り1つ、今の子どもにまつわる風潮で変えた方が良いと思うことがある。
子どもを社会で守るということは、その分、よその子供をもっと叱ってもいいと思う。

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今って、よその子に対してあんまりとやかく言っちゃいけない感じがするんですよね。
スーパーで走り回ってる子どもに「コラ、お店の中では走っちゃダメ」と怒ろうものなら、その子の親が出てきて逆ギレされそうな。

よその子に対して怒ったら大人の間で面倒なことが起きそうな、そういう問題があってどうしても子どもに対して遠慮がちになっていると思う。
その遠慮が、結局「子供はうるさい、騒音だ、あっち行け」に繋がってるんだと思う。

だけど、そんな世の中はいかんだろう。
自分で叱れない甘甘な親は、せめて社会に叱ってもらわないと。自分のためだけに子育てしちゃいけない。
やっぱり子供は親だけで育てるもんじゃないから、社会で色々な人に叱って褒めてもらえばいいんだと思う。

現代ではなかなか難しいかな…。
私も残念ながら昭和の子どもなんで、超怒ってくる近所の大人はリアルタイムで見たことあります。
クワを振り回して追いかけてきたおかしいジジィとか、すぐ引っかく猫をけしかけてくる婆さんとか、色々いたわ。

小学生の頃は、近所の小さな商店の駐車場で石投げて遊んでたら、そこの店長みたいなオヤジが出てきて、こっぴどく叱られたっけ。
「ガラスにぶつかって割れたらどうする!弁償できるのか!」ってめちゃくちゃ怒鳴られた。
あの時の恐怖は忘れられないでござるよ。しばらくはそのお店に近づくことすらしなかったし、親にも友達にも誰にも言えなかった。
それは、自分が悪いことをしたという自覚があったから。親に言えばもう1度怒られるだけだし、黙って隠しておくしかない。

今の子どもは近所のオヤジなんて怖くないのかな。
親に言ったら
「うちの子に何てこと言うんですか!ずっと怯えてるんですよ!トラウマにでもなったらどうしてくれるの!」
って怒鳴り込むのかな。やだ、怖ぁ。

社会が育てるってそういうことだと思うけど。
すべての人の共通認識として広めるのは難しいだろうけど、子どもの声が騒音なんて言われちゃう世の中は変えなくちゃいけないと思うよ。

 

ぜひ、ご一読を。
宮崎駿も推薦してるよ!